写真左から、稲冨ミツ(保子の実母)、稲冨伸彌(保子の弟)、松本ツル(保子の養子先の母)、稲冨重年(保子の弟)、松本保子(私の母)。
稲冨ミツには、保子、重年、伸彌、邦子(写真に写っていません・産まれていない)の4人の子供がいました。
私の母(保子)は、小学生の頃、松本ツルの養女となりました。ツル(姉)とミツ(妹)は姉妹です。
Adobe Photoshopでカラー化しました。
松本一実 | 長崎県佐世保市
8月9日今日は、長崎原爆の日です。
私がお世話になっている方のお父様が、広島と長崎で二重被爆された方でした。
原爆投下の翌日の8月7日に、広島から長崎へ7両編成の避難列車が出発したそうです。長崎に到着した8月9日に今度は長崎で原爆に被曝することになったのです。広島出発時も混乱の中で運賃も支払わないような逃げる駆け乗る客がたくさんいたと想像できます。日本国内で二重被爆した人は数十人と言われていますが当時は原爆被曝していると職に就けないとか結婚できないなどの風潮があり原爆手帳を申請もせず密かに生きてきた人も多いと聞きます。
彼の父の「二重被曝」体験を舞台化へ考えていらっしゃいます。
「希望の汽笛〜広島発長崎行き避難列車(仮題)」
避難列車の車内が舞台で、乗り込んだ人たちの人間ドラマを作ろうとされています。